ある大陸の片隅。そこでは、七つの主要都市が先王の隠し子と呼ばれる姫君を擁立し、国家統一を目指して割拠した。
その中の一人、七宮カセンの姫に選ばれたのは九歳の孤児カラスミだった。
彼女を担ぎ出したのは、武人のテン・フオウ将軍とその軍師トエル・タウ。二人とも、桁違いの嘘つきで素姓も知れないが、「三人で天下を取りにいこう」と楽しそうにそう話す二人の側にいられることで、カラスミは幸せだった。
しかし、彼女が十二歳になった時、隣の都市ツヅミがカセンへの侵攻を始める…。第9回電撃ゲーム小説大賞“金賞”受賞作。時代の流れに翻弄されながらも、自らの運命と真摯に向き合うひとりの少女の姿を描いた新感覚ストーリー。
物語の始まり―――カラスミとトエ・テンの二人との出会い
「来るかい?」
トエさんの声を耳にした。
やけにはっきり聞こえて、そっと、私は裾間から顔を出した。
顔を上げてみる
普通の、ごく普通の人が、私の前に立っていた。
同じ年頃の背高さんを背後にして、短い黒髪と穏やかな表情をした男の人。
「一人だけの女の子が僕らには必要なんだ。ただ必要なときに立っていてくれればいい」
その人は少し身をかがめて、目線を私に合わせてくる。
元々、大人の人にしては小さめの人だと気が付く。
「ここにいるより、少し幸せかも知れないし不幸かも知れない。面白い世界を見られるかもしれないし、結局、ここに戻ってくることになるかもしれない。変わった道を、一つ選んでみないかい? 君に損はさせないよう、努力はするよ」
「よっし、お前、お姫様やれ」
なんだか楽しそうな声。
何のことか、考える間もなかった。
背高さんが構わず続ける。
「いいか、俺が将軍、コイツが軍師。お前がお姫様な。三人で天下をとりに行くぞ」
仲良さそうな相方を傍らにして、どこか高いところに顔を向けて笑い出す背高さん。
私は口を開いて立ちつくしたのだと思う。
天下という言葉が、何なのかも知らない。
目の前の人たちが何なのか、聞かされたことが何なのか、頭がいっぱいになる。
ただ、やたら楽しそうな背高さんの高笑いだけが、はっきりと鮮やかな光景。
私の中で、知らないことと、知りたいことが溢れそうになる。
何か知っていそうな、どこかいつも考え事をしているような、もう一人へ視線を向ける。
困ったような顔。だけど、何だか、楽しそうな顔。
色々なことが、頭と胸をいっぱいにする。
私はその年、九つだったと思う。
年始めの一の月、命月。
カラスミと二人が出会って三年。平和な時代は終わり、東和に不穏な空気が漂い始める……。
「カラ」
「はい?」
トエ様に応じる。
カラと呼ぶときは、なんだか優しい時。
「戻りたくないかい?」
「どこにです」
「只の子にだ」
真面目なのだろうか、少し苦手な話題。
「一度、只の子供に戻るかい」
「出来るんですか?」
「出来るよ。もしもの時は、君は本当に普通の子に戻るといい」
もしもというのは、お城を逐(お)われるときだろうか。元々、本物の姫でもないし。
「もう、紅茶飲めなくなりますね」
私の手の中。ほぼ完全な月の顔が、紅茶の水鏡に揺らいでいる。
紅茶は高い。この辺りでは採れない。
お姫様になれて一番嬉しかったのは毎日ご飯が食べられ、毎日お風呂に入れることで、二番目に嬉しいのが紅茶の香りと知ったことだった。
そして、カセンの街で出会った黒衣の女。まだ少女と呼べる年齢だろうに、随分と大人びた顔立ちに落ち着いた表情をする、不思議な女性。
彼女は、いったい……。
「でも、空澄姫は七宮城を出てくるべきではないでしょうね」
社殿の屋根を見下ろす横顔に、生真面目な表情が出た
「どうしてでしょうか?」
何か恐いうわさでもあるのかと、不安を抑えて訊き返す。
「姫は知りません。七宮の中で一番、世俗を離れることが出来ていた方ですから」
「何をです?」
「利権の象徴をする過酷さです」
―――戦の幕が切って落とされた時、カラスミはどうするのか!?
高野氏のデビュー作にして、第9回電撃ゲーム小説大賞“金賞”受賞作。
主人公“カラスミ”の視点で綴られる形式になっています。
『七宮物語』第一巻目のこの作品は、テン・フオウ、トルエ・タウ、カラスミ。人の出会いから始まり、それから三年後の、後に“七姫戦争”と呼ばれる動乱の始まりである”七宮 VS 四宮(+同盟関係の三宮) の戦い”が決着したところで終わりを迎えます。
この作品は、主人公“カラスミ”の成長に重量がおかれてますね。シリーズ解説でも書いてることですけど。
何も知らない状態から、姫として生活するだけの知識を叩き込まれただけなので、
“姫”の意味、役割、義務など、まだよく分かってない状態の“カラスミ”。
それがラストでは、いろんな人との出会い、そして戦争という荒波を乗り越えることで一歩成長し、“お姫様らしく”なった彼女が見れるわけです。
前半部分は、“姫”としての日常と、“只の子供(ちょっと違いますが)”としての市井での生活が描かれており、後半からは、乱世に相応しく戦争が始まります。
知謀策謀が渦巻く“七姫戦争”開幕! といっても、ドロドロしたものではありません。やっぱり、どこかさっぱりしています。
もっとも、戦争であることに変わりはありませんが。
前半での“日常”から、後半の“非日常(戦争)”への移行。
前半部分で“日常”を知ることが出来るだけに、後半部分の“非日常”での主人公(カラスミ)の無力感が際立ちます。
まぁ、いきなり戦争の中に叩き込まれたら、大抵の人間は無力になりますわな。
そして、今回の物語の中で少し成長したカラスミが、“空澄姫”に戻るシーン。最高です。イラストもあって、言うこと無し。デザインを担当された方々、ホント良い仕事してます。
物語の締めもバッチリ。良い感じで余韻を残していて、続巻への期待が高まるように出来ています。
『魔女の宅急便』や『千と千尋の神隠し』なんかが好きな人なら、この作品は“良作”と思えるのではないでしょうか。
かなりオススメです。
『七姫物語 第二章 世界のかたち (2)』 作者/高野和 (中上) 電撃文庫 イラスト/尾谷おさむ |
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writer:D-human →bk1/→Amazon | |
今ではない時代、ここではない場所。 冬が訪れ、各都市は春に向けて水面下で動き出す。特に、四宮と同盟関係にあった三宮―ナツメ―は、七宮―カセン―と戦う為に力を蓄えようとしていた……。 その頃七宮は、四宮―ツヅミ―との戦の事後処理を終え、カセンの年越し祭りの準備に取り掛かる。 四宮との戦の影響が残るなか、祭りを無事に終えることが出来るのだろうか……。 真実はいつも一つじゃない。
“カラカラ”として街に降りるカラスミに、衣装役さんが言う。人生の先輩として……七宮に暮らす者として……。 「お知りになりたいことに対して、背伸びをしすぎないことです。この世の行いのことは、ほとんど、小さな物事の積み重ねです。仮に、決定的な役割を果たしたのが、七宮の姫様や他の方々としても、どなたかが絶対に悪いわけでも正しいわけでもありません」
空澄姫として、自分はどう在りたいのか。どう在るべきなのか。 私は争いをしたくない。 祭りが始まり、トエがカラスミに言う。祭りを観てきたらどうかね、と。 観たい気もしたし、露店を歩きたいとも思ったけど、首を振る。 そして、カラスミは黒衣の少女“クロハ”との再会を果たす。彼女と別れた後、カラスミは…… 静かな雪が似合う人だけれど、あの人は立ち止まらない人だ。 ―――そして、また季節が巡る。
この作品、解説するより本文抜き出した方が分かりやすいと思うので、抜粋箇所増量中です。(著作権とか大丈夫かなぁ……)
一巻は“出会い”から始まりましたが、二巻は逆で、“別れ”から始まります。 舞台はカセンの雪祭り 今回の大部分は、カラスミは“空澄姫”としてではなく、お忍びモードのお側付き見習い“カラカラ”として動きます。 一作目は良くても、二作目では微妙……って作品が結構ありますからねぇ。一作目のクオリティーを保つ、もしくはさらに良いモノにするっていうのは難しいことでしょう。まだ二作のみとはいえ、それを完遂した高野氏は凄い御方です。 ―――できればもう少し刊行ペースを上げていただければ言うことは無いのですが……。まぁクオリティー下げるよりは何倍もマシなので、のんびり待たせていただきます。……しかし、この刊行ペースのままだと完結するのに何十年掛かるんだ……。 |